ヌード エロティックアート 「怒ること」と「恨むこと(怨むこと)」の違い

人物クロッキーの基本

上のヌード画像は、木炭ではなく黒のコンテを使ってます。 コンテの長所は、木炭に比べれば定着力があること。 其の分、描きかえが困難なこと・・・練り消しを使ってもほとんど色が落ちませんので、消しゴムを使うことになります。 描き直さないことを前提に使うと良いと思います。 したがって、コンテはデッサンには向きません。 上の絵は、ポーズに不安定さがあること、人体上体部分(右わきの下とバスト)の描写に曖昧さもあるようです。 まあ、女性ヌード・ヒップ・のボリューム感は出ているので、まあまあ・・というところです。

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  サイトのテーマでもある「光と影」の意味を問う画像

        < サイズ 60x40cm >

ヌード < デッサンの光と影 >

  木炭によるヌードクロッキーです。3分ポーズだったように記憶してます。 お世辞にも上手とはいえない絵ですが、お気に入りの一枚となってます。
 無意識(願望?)のうちに、作者は見る人に期待してることがあります・・・己の体験を共有してほしいということでしょうか。それも、100人の中の1人にでも共有(共感)してもらえれば、とてもラッキーなことだと思っています。
 「光と影」が創る造形・・・科学や哲学に拘る方々にとっては、たぶんそれを「錯覚」というのかもしれません。

  < 木炭による女性ヌードデッサン・クロッキー・・・ >

 木炭には硬い材質のものから軟らかい材質のものまでいろいろあります。硬い材質のものは色が薄くなりがちですが、軟らかいものを使用すれば濃く描くことができます。「材質:柳」と表示されるものが使いやすいようです。

美術モデルの素描

 「怒ること」と「恨むこと(怨むこと)」の違いについて。

 実際に絵を描いていて、自分にだか誰にだか何にだかは分かりませんが、怒っているような感覚で描いていることはあります。 内面での葛藤があり、自身の美意識が勝ちきるために怒っているような感覚になるのかもしれません。 だからといって、この怒りは恨むこと(怨むこと)とは似て非なるものです。 怒ってもいいけど、怨んじゃいけない・・・これは、私にとって絵を描くための”哲学”のようにもなってます。 まぁ、この哲学は絵を描くためだけじゃなく、すべてのことにも言えそうですが。 怨むことは、物事を歪めます。 (醜く)歪むこと自体はOKなのですが、美しくない方向へ歪むようなことになりがちです。 たかが(ヌード)デッサンと考える人もいるでしょうが、光と影の織り成す美意識だけではなく、思考や精神・感覚の道筋みたいなものを問われるものです・・・造形美としてのヌードを考えることが出来ますか? ヌードになれますか?モデル裸婦になれますか?。

ヌードアートクロッキー

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