ヌード 日本画のマチエールが写実(ヌード)にあわない

均一なトーンと均一に見る目の確かさ・タイトル画像
寛ぐ女性の絵

ヌード < 日本の美術史 >

  浮世絵は、リアリティーはあっても、いわゆる写実ではないと考えれば、日本画のマチエールは写実にはあわないと考えるのでしょう・・・ ヌードを造形美の理想として、公の場で見られるようになったのは、西洋では紀元前300年(ギリシャ時代)まで遡ることはできますが、日本においては、1900年(明治時代の半ば)以降のようです。 日本画のマチエールが写実にあわないということもあるのでしょう。
 儒教思想によるところなのか、現在に至ってもヌード画(美術モデル)に対する”偏見の目”は残っているようです・・・ヌードへの偏見と誤解。 西洋文化がこの国へ入ってくる前は、ヌードに対してそれ程の抵抗はなかったものと思われます。 ”恥の文化”として説明することもありますが、それは礼儀作法などにおいてのことであり、人間の本来の姿であるヌードに関しては別のことであると考えます。

 日本の美術史ではなく日本の民族史ともいえますが、「質素であること」の大切さを再認識・再考するときが来ているようです。 自由・平等とか博愛などという理念が先行する社会・国家形成であればよいのですが、この国では反省しないこと(懲りないこと)には変われない民族性のようなものがあって、大災害が起こって初めて節電する必要性に目覚めるようなところもあります。 また、反省すれば、それが出来ることでは誇れることですが、同時に懲りなければ改まらない・・ことでもあり、民意が政治を動かすことはあっても、理念が(社会や国家の在り方の)道標とはならないことが残念なところでもあります。 一昔前ならグルメ、今ではセレブなどという言葉が持て囃されてますが、グルメとかセレブなどという語は欲の張った人が好む世界観から生まれた言葉であり、「質素であること」とは対極にあると思われるからです。

茶色を背景にした、寛ぐ女性のパステル画

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コラージュ(モデル裸婦)画像を載せてます。 上から・・・大正文化・ヌード耽美主義を思わせるものであったり、刺青のようであったりします。 また、掛軸のようでもあります。

  中心から周囲への広がりを意識する下花のコラージュ

刺青・形に沿った模様

日本の美術史を考える上で、面白い重ね絵かと思います。 少なくとも、私にとっては興味深い画像ですが、他の方(例えば、海外の方)にとってはどのように映っているのでしょう。

構図と構成が大切な掛軸

 

  風景・人物。写真集

 最近感じることが、日本のフォトグラファーの多くはクラフトマンであり、アーティストは少ないですね。 体力だけを使えば労働であり、体力と知力を使えばクラフトマン、それらに愛や哲学、美意識を備えればアーティストになります。 あるカメラマンが言っていたことを思い出します。 絵かきになろうとしたけれども絵かうまく描けなかったからフォトグラファーになった・・という人は多いそうです。 ・・っで、そう言う人はレタッチした人物写真を見ると、蝋人形のようにしてみたり、不自然にツルツルな肌にしてしまったり、。。。まぁ、美意識のかけらも感じさせないような画像にしてしまいます。 

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