ヌードなアート 潜在意識が描かせる ピエロ

黒で縁取りされた青と緑の抽象絵画

ヌードな存在   下の絵について・・・俗世間には拘わりたくないという潜在意識・錯覚と思い込みがこういう絵を描かせるのでしょうか。高みの見物的な無責任さもありそうです。 在りのままの(ヌードな)自分がここにいます・・・ヌードな存在、ピエロを描いてようでもあります。 
 日記を付けるように絵を描いてます。これは6年前の作品ですが、その当時の自分と再会するような奇妙な感慨があります。絵を始めて2年目の作品なので、どことなく頼りなさも感じますが、夢中に描いていたという意味では今の作品よりも深みがあるんじゃないかと思ったりします。 年数を重ねて描き込んでいけば、(線や立体認識・色使いなど)上手くはなるのでしょうが、アートの本質・感じる哲学にどこまで届いているかというこになると、経験値(キャリア)がどれだけあるかということはあまり関係ないように思います。 経験値よりむしろ一瞬の閃きとか気合・集中力とかが重要な要素であると思われます。経験値が高いことは何をするにも有利なことでしょうが、ことアートに限っては 経験からくる”慣れ”というものが足を引っ張ることにもなりかねません。 また、数をこなせば(感性が)磨り減っていくような恐れを感じることもあります。 本来、感性とは豊かにこそなれ磨り減っていくようなものではないのでしょうが・・・。

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  腕を抱え込みながら座る自画像・「高みの見物」のような印象がある絵

ヌードなアート、そしてヌードな存在・・・このサイトで展示している画像には、3種類あります。 絵画の見方・・・上の絵のようにイメージだけで描いているパステル画、美術モデル(ヌードモデル)を前にしてクロッキーやデッサンをしたもの、そのクロッキーを基にしてコラージュ作品としたものです。 お絵かきソフト画もありますが、ほとんどの画像はアナログ的に紙やキャンバスに描いたものばかりです。 サイズは、小さいもので30x30cm程度ですが、ヌードクロッキーの多くは65x50cmくらいの大きさです。 全てはデジカメで撮って編集ソフトで(コラージュとして)加工してます。

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 存在というものは面白いものです。 これはたぶんですね、単独で存在するものなどはなくて、周囲との比較として相対的に存在するのでしょうね。 その意味では、この画面の中で、また、グリッドをつけることによって、それぞれの画像がその存在を主張しているのでしょうね。

 

  木炭デッサンと鉛筆デッサン

 

ヌードなアート

上の写真の背景の紅葉の色とか、下の竹林と紅葉の紅には、とても嘘っぽさがあります。 写真であれば、カメラがこのように撮ってしまうのか、編集加工段階でこのような色合いにしたのかはばつとしても、(存在の意味を考えれば)リアリティーとしてまかり通ってしまいます。 絵であれば、こんな色は嘘っぽいということで、”下手な絵”ということにもなりかねません。

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