女体の造形 日本女性の怪しさ(エロティシズム)

 
白黒で描く絵画作品群

< モノクロ・ヌード >

・・・日本の美しさ、多少の色は入ってきますが、この程度ならモノクロといっても良いでしょう。 少女のような印象もありますが、ヌードモデル・裸婦になった女性は ”立派な”大人の女性モデルです。 モノクロであれば、テクスチャも多少なりとは影響しますが、明暗での表現の世界になります。

コラージュ画像

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和的な印象があり、お祭りのようなお正月のような雰囲気を醸してます。際どいアングルのヌードアートではありますが、違和感は感じませんね。生命のリズムを感じさせる 無機と有機 的ということではなく、 女体の造形の妙を見ることが出来るからでしょう。

一般論ではなく私的な経験からですが、西洋のヌードには厭らしさ(エロティシズム・女体の造形)をさほど感じませんが、日本のヌード・女体の造形には怪しさ(エロティシズム・非常識な)があります。 身近に感じるかどうかが、エロティシズムと関係しているのでしょうか。 日本の女性は「人」に思えますが、西洋の女性は「造形美としてのヌードに見えやすいこと、人以外の別の生き物にも見える、見方によっては神秘」のように思えます・・・これは差別的な意味で言っているのではありません。 ですから、クロッキー会などでは、女体の造形としての白人女性のヌードであれば石像のような印象がありますから、ビジュアル(視覚)的には均一に見易く、描き易いと思えます。 固定ポーズであってもその印象の違いはありますが、ムービングとなるともっと違ってきます。 どのような違いかというと、女子のフィギアスケートを思い浮かべてください。 荒川静香さんは手足の細かな動きの中に日本的なエレガントさありましたが、ヨーロッパやアメリカの選手には(バレーという伝統はあるのでしょうが)アクロバティックな印象があります。 浅田選手には子供っぽさを感じますが、韓国のキム・ヨナ選手には大人のしなやかな色気のようなものがあります、映像的というよりも、テレビドラマ的な印象があります。。 感動的であるという意味では、荒川静香さんのスケーティングが最高!だと思いますが。 話は逸れましたが、日本(東洋)の女性にはエレガントさやエロティックさがありますが、西洋の女性にはダイナミックさを感じます。 モノクロでヌードを描けば、これらの違いが分かるようです。 芸術とエロの違いを考える際にも、よい参考になります。 芸術かエロか・・?ということも、その地域、その国の伝統や慣習・宗教観などによっても、ヌードの価値観、非常識なの意味は違ってきます。 いずれにしても、アートか?エロ?を議論するのなら、偏らない目で見ることが前提というか、必須のなります。 道徳とか倫理を盾にする人たちの多くは、この「偏らない目」を持ち合わせない人たちですね。 簡単に言えば、アート感覚でヌードを観れない人たちともいえますし、裸を見れば非常識なことばかりを想像するH人間なのでしょうね。 とはいえ、Hなことはとても大切な文化でもありますが・・・

白黒アート作品

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モノクロのヌードではありませんが、カフェのテーブルに腰を下ろすヌードモデル女体の造形になってます。 コラージュ画像であれば、このようなありえないようなコラージュ裸婦画像にもなります。 普通ではありえない、非現実的な空間を再現します。

カフェの画像

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精神的な裸婦モデル画像 存在感の意味を考える作品 在りのままの姿を伝える作品

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