コラージュ 風景ではなく裸婦を描くのはなぜなのか?

 
   制作者の本音を語る画像

< 描く人の真理 >

   なぜ、ヌードを描くのでしょう。 モチーフとなるものはこの世にいくでもあります。 抽象でもよいわけです。 それも、風景ではなくヌード・裸婦を描くのはなぜなのでしょう、ヌードモデルとして描かれる人の真理・美術モデルの心理 だけではなく、ヌードモデルを描く人の真理・描く人の心理 を考えてみましょう。 ただし、サイト管理人は男性ですから、男性としての描く人の真理・心理しかコメントしようがありません。 モデルをされる方は、自分の経験から言えば、知性的な方たち(知性派 ヌードモデル)ばかりです。 ・・・上の画像ですが、茅ヶ崎で10月半ばに撮った写真とヌード鉛筆画を並べて表示してます。 このヌードコラージュも、並べてみたら面白いのではないか!? という興味本位な思い付きからです、これといったコンセプトはありません。

簡単に考えれば、人は好奇心の持てる対象しか絵やアートにしようとはしません。  好奇心がもてるから、しっかり見る(観察する)のであって、興味の持てないような対象であれば、そのものの存在さえも気付きません。 したがって、絵にすることもありません。 また、ヌードには興味はあっても芸術作品のモチーフには選ばない方もいます。 逆に、当サイトの管理人のように、人物は描いても風景はほとんど描かない人もいます(人物とはいっても、描くのはヌードばかりです。 載せているコラージュ裸婦画像やクロッキー作品・ヌード作品集を見ても分かるように、着衣はもちろんのこと、セミヌードとか、下着姿の女性を描くこともありません)。 デジタル画像を基にして描くという方法もありますが、風景画であれば基本的には外で描くことにはなります。 これは、アウトドアということであり、インドアなことにしか興味のない管理人としては、その意味でも、風景画とは縁がありません。 ただ、人の絵を観るということにおいては、インドアもアウトドアもありません。 また、自分の真理(心理)を語っているだけで、一般的な描く人の真理を語ってはいません。 参考のために・・・・・・想いを演出するヌード ヌードを映し出す光景 煌びやかなヌード・・・詩的ではなく、むしろ私的夢空間。 一方では、庶民の日常を感じさせるヌード    現実感のあるヌードなどもコラージュ画像にて制作してます。 制作しているというよりも、ヌードコラージュですから、あてずっぽにやってれば、色々な画像が出来上がってくるということですね。

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ヌードを描く方の心理(真理)も様々なのでしょう。 ヌードに並外れた興味があって、それを紙面に再現したと考える方。 ヌードを通して、自己の内面を表現しようとする方。 とにかく、「物」ではなく「人」を描きたいと考える方もいます。 描く・創作するということは、それなりのエネルギーを要します。 好奇心と拘りがなければ、続けていくことはできません。 この場合の好奇心とは、興味本位なものではなく、知的好奇心のことです。 性的な興味だけではなく、知性へと繋がる好奇心とも言えます。 ヌードを造形美として捉えることができるかどうか・・・というこでもありますね。

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真理を語る絵画作品

このページで「真理」という語が出てきますが、「心理」の変換ミスのように思う方がおられると思いますが、あえて、「真理」を使ってます。 ちょっと生々しいヌードに見えます。 「屏風に描かれたヌード」というタイトルのコラージュ画像もあります。

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真理って、何でしょう?

心理的な合成画像 ヌード素材 妖艶とポーズする女性

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