イメージ  哲学でも宗教でもない「生きる意味」イメージ

 
   自虐的な意味合いの強い絵画

< 生きる意味 >

  ヌードイメージを見ながら考える、哲学でも宗教でもない「生きる意味」・・・哲学でも宗教でもなく普通に考えてみれば・・・子孫を残すことを考えれば、遺伝子を後世に伝えるということであり、物理的には意味はあってもこの場合の「生きる意味」としてはさほどの説得力はありません。 だからといって、「生きる意味」を「生きなさい・・」という意味で説得するつもりもありません。 「生きる意味」を、ただ、普通に考えてみれば、地上(現世)における存在だけに限られているのではなく、生存中になした行為が後世においても何らかのかたちで影響を及ぼすだろうことに「その意味」を見出すことも出来ます。 その影響力の大小は考えなくとも、生存中の行為が自分と関った人たちに(己の死後をも)どれだけの影響を及ぼすかを考えるとき、現世での「生きる意味」は見えてくるように思います。 また、その影響力を考えれば、死は絶望的出来事でもなく、己の ”死後の存在" を考えれば新たな存在の始まりとも考えることが出来ます。 死んでしまえばすべてが終わるということではなく、すべてが始まるとも考えられるわけです。 また、我々がどれだけ多くの人たちや自然から恩恵を授かっているかを考えるとき、自身がその恩恵を還(かえ)す側となることを考えれば、自ずと「生きる意味」は見えてくると思います。

・・・上の画像は、女性か男性かは定かではありませんが、自然な姿としての「人」をヌードなイメージとして絵にしてます。 自分の描いた絵を評することは難しいのですが、「自虐的な絵」「偏人の絵」「」にも見えてきます。 ・・・自己の尊厳、存在自体が希薄になるとき。  「心理学」という方法論ではなく、本質論で語る生きる意味。 その時代の価値判断ではない 精神の安定と拠所。 美しいヌードイメージ。 精神の切り替えを余儀なくされた時代、ワシリー・カンディンスキーが語った・・  <私は悲しくもまた幸せである> 人と自然の共生と調和のなかで、「生きる意味」とかではなく、自己の存在を微かに感じられるとき、<沈黙の響き>は聴こえるでしょうか?  ・・・死を覚悟せねばならない状況を強いられるとき、来世を信じる人は信じない人より勇敢に行動するなどという事実もないこと・・・を付け加えておきます。

コラージュ画像

桜が満開の頃、川の写真を桜を背景に撮って見ました。 その写真とヌードを重ねてます。 裸婦画を描くことは、ヌード・美術モデルをされる方の美しさをそのまま描けばよいことです・見えたとおりの絵。 特にアート的に描こうなどという思いはありません。

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桜・アート感覚で見るヌード

桜吹雪

ディスプレイで表示されるような画像 ヌードイメージ・秋のディスプレイ・京都の写真 たくさんの写真を敷き詰めたような風情あるコラージュ画像

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