裸婦モデル 触ればプアプアするなぁという実体験

 
   悲しくもまた幸せである絵

< 相対性理論 >

 絶対ではなく相対性理論・・・ここは(ヌード・デッサン画像を多く載せてる)アート系サイトなので物理学の話はできませんが、相対性理論なるものを簡単に・・・ 距離=速さX時間  距離を一定に保つならば、速さを限りなく大きく(光速に近く)もっていけば、時間が縮む現象が起こってくる・・・ということらしいです。 科学もアートも哲学も、すべては連動しているわけで、20世紀始めにはアートの世界にもこの四次元の世界を感じさせる絵を描いていた人もいます。 例えば、バルテュスとか。 絵の中に時間の概念が盛り込まれてます。 上の絵には時間の概念はありませんし、相対性理論とも直接的には関係しません。 価値観の基準が絶対から相対へ移っていった頃の感覚で描かれている作品なのではないかな・・と考えてます。 「感性と美意識のモノサシ」が変わった時代といえばよいのでしょうか。 それまでは、悲しみと幸せは対極にあったのですが、1900年を境にしてそれらは同極になっていきます。 悲しみと幸せを同極であると考えるなら、その対極にあるのは「非人間的な行為」野蛮さなのでしょうか。 「悲しくもまた幸せな図」としてご覧ください。 裸婦モデル・コラージュ作品ではなく、子供の顔をイメージして描いてます。

イラスト的なデザイン的な絵になってます。 色彩と線のバランス・・・街の写真とヌードのコラージュ作品です、パステル画のようですね。 絵を描いたり、編集ソフトをいじっていると気がつくことなのですが、物事はすべて相対的に成り立っていることです。 絶対の赤とか青というものはありません、すべては画面の中の相対色です・・・色の研究 。

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色彩と線の感覚のバランスが大切なフォト

視覚的に捉えること、知的好奇心に基づいて描くことが、絵を描くことの基本であると考えてました。 現代でも、そう考える人が多いのですが。 ここに載せてる絵・ヌードは、視覚的にではなく、触覚的に描かれた絵・ヌードです・・裸婦モデル作品・視覚よりも触覚で・・・。 どういうことかと言えば、触ればプアプアするなぁという経験(体験)が描かせた絵なのです。 視覚的であることが哲学に繋がることであるなら、触覚的であることは経験的であり、”思考”というものから離れていくと考えるからなのでしょうね。 哲学へ繋がるということはアート(ヌード・美術モデルにとっても)の世界ではもっとも重要と考えます・・・このことには同意できるのですが。

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二枚のフォトの合成画像・ 触覚で描く極上のヌード

水と自然をイメージしたフォトグラフィー 人体デッサンと秋の赤い風景の合成画像 単純な素材・モミジとラフのコラージュ画像

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