裸婦モデル フルヌードとセミヌード モデルの恥ずかしさ

 
   人体モチーフとなることの心理

< セミヌード >

   ヌード・美術モデル は、人体モチーフとなることにどのような感覚を抱くのでしょうか・・裸婦モデル・描かれる人の心理。 石膏デッサンではありませんから、描く側にとってもっ興味深いことです。 ・・・絵を描く場合の、衣装モデルとセミヌードとフルヌード(もしくは、オールヌード)の違いについて書いてみます。 ただし、当管理人でもありコメントを書いている作者は、フルヌードのモデルしか描いたことがありません。 衣装モデルやセミ裸婦モデルを描いたことがありませんので、描く段階に於ける現場の雰囲気は想像の域を出ません。・・・・セミヌードは色っぽく見せる手段なのでしょう。ヌードを造形美として考えるモデルにとっては、フルヌードであることは自然なことですが、セミヌードでモデルすることはとても恥ずかしいことのようです。裸婦モデルのヌードプロポーション

日常的感覚でいる場合は "普通の人”とかわらないと思いますが、ヌードを描く行為においてはかなり違ってくると思います。 知的好奇心が全開になる現場では、衣装モデルもセミヌードもフルヌードも人物を描くことには変わりはなく、衣装を羽織っているから日常的で、羽織っていないから非日常的だ・・などという区別もありません。 これはあくまでも、描き手の側のことで、裸婦モデルをする側「モデル日記」にしてみれば、考え方も違ってくると思います。 ヌードになることを恥ずかしいことであると考える方ならば、衣装モデルをされることまでは抵抗はないと思われます。 見られたくないところだけを隠しているという意味でのセミヌードまでならばOKとい方もいるとは思います。 プロであれ素人であれ、フルヌードでモデルをされる方は、身に着けているかいないかはさほど問題にしていません。 フルヌードが基本であって、下着とかシースルーを身に着けるセミヌードには抵抗があると考えるモデルさんもいます。 造形美としてのヌード・・・ヌードを造形美としてアート感覚で捉えるモデルにとっては、身にまとうまとわないは関係ないのですね、美意識が優先される空間であれば。

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日常的感覚であれば、セミヌードは色っぽく見せる手段かもしれませんが、それよりむしろ、画像などを出版物とする場合の規制などを考えて ”セミヌード”という ”見えては困るところだけを隠す”という(言語としての)概念が先行したものとも思われます。

また、衣装モデルであるにせよセミヌードであるにせよ、人工的な物として服や下着と身に着けているわけですから、自然な物としての肉体とを同時に描いていく事になります。 特に、セミヌードに関しては、人工的な布や下着と人肌としてのヌードを人体ヌードを主体にして描いていくわけですから、妙なエロティックさを押さえ込んで描かなければならないことになり、造形美と描こうとしている作者にはとても難しいことになりそうです・・裸婦モデル・飾らないヌード。 エロティックさを演出したり描きたいのであれば話は別ですが。

花模様とセミヌード

裸婦モデルヌードコラージュ作品を載せてます。

花田産の写真とフルヌード・コラージュ

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