モデル&制作者のコミュ・対話

 
アートモデル画像

< 本質って何ですか? >

 ヌードクロッキー画と抽象の重ね画像です。 ヌード(美術)モデルを前にして描いたヌードクロッキー(ヌードデッサンに近いかも)と抽象画を編集ソフトで重ね画像として編集したものです。 コラージュ(重ね画像・切り取ってきて集めた画像)の本質って何なんだろうと考えることはあります。 同時に非日常って?風情って何でしょう?と。 また、当然のことながら、一般的に言うところの本質って何なんだろうと・・・⇒ < モデルとの対談 >から、学ぶことも多くあります。 ヌードモデル&制作者のコミュニケーションのなかでは、これといった確認事項などはありませんが、その場の雰囲気でのノリようなものがあります。

馬の背のように見える下位置からみた胴体 自由ヶ丘のショップ・ディスプレイ ヌードモデル&制作者のコミュニケーション・切り取られた画像・胸と手

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山登りであれば頂上(目的地)はあるのですが、アートの世界では頂上はありません。 目指すところはあるのでしょうが、その”実態”が良く分かりません。 ただ、アートや芸術の話をするとき、目指すところ(本質)を前提として話さないと話が進みませんし、議論もできません。 だから、たぶん本質などというものはないのでしょうが、目指すところとしての本質を(勝手に)作ってしまっているようにも思います。 それでも、こういう言い方は合っていると思います・・・そのベクトルが本質に向かっていないもの、本質への道のりを想定したときにその道を外れているものはアート的には価値のないものと考える。 頂上のない山登りであるにもかかわらず、その頂上を目指してないとその山登りには意味はないといっているようなものです。 本質とは、神の存在にも似たものがあります。 その存在を認めれば、この世の様々なことを説明しやすいということですかね。 美の本質を想定するなら、抽象画が生まれてくる道程絵画の見方を説明することができます。

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精神性をテーマにしたヌード女性の画像 組まれて、崩された足首の画像 アート的な裸婦像の部分画

ポートレイト写真

本質って何ですか?と言う前に、写真は人が人をとっているわけですから、撮る方にも撮られる方にも楽しさがないと場の雰囲気が成り立ちません。 絵画と違って、写真は ”正直” ですから、そのままを写し取ってしまいますから、モデルの表情にもそのまま出ちゃうことにもなりかねません。 この写真を見ればわかるように、楽しみながら撮ることが基本になります、ポートレイトは。 それが、撮影の基本であり本質でもあります。

 

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