モデル&制作者のコミュ・対話

 
風景写真とヌードのコラージュ画像

< アートは手品ではありません >

 アートは手品やマジックではありません・・・ 三枚のコラージュ画像をまとめて載せてます。 アートは創造的なことではありますが、手品やマジックのようなものではありません。 無から有を生むことはできません。 既に有るものを在るがままに紙やキャンバスに再現することしかできません・さり気無く美しいヌードを載せてます。 人物を絵や写真にする場合、写真であればごまかしは効かなくても、絵であればどうにでも描けると考える人が多くいます。 その認識は大間違いです・・・もっともらしくても、間違った話(客観性のあるウソ)はこの世にはいくらでもあります、騙されないようにしましょう。 人物写真を撮るにも手加減して(可愛く)撮ろうと考えたことがありませんから、不親切なカメラマンということにもなります(管理人は、カメラマンではありませんが)。  着衣の人物を描くことは少ないので、ヌードを描くことだけについて言えば、”美しく描こう”などと考えたことはありません。 なぜなら、見えたままを描けば ”美しいに決まってる!” からです。  もちろん、手加減して(可愛く)描こうなどと考えることもありません。 ウソを描くのであれば、絵を描く意味を失います。 描く気も失せます。 ウソを描かないのは ”絵描きの本能 ” です。 ・・・ ヌード(美術)モデルと制作者のコミュ・対話から。

絵を描くことは、たぶん、模倣することから始まります。 模倣することによって、先人の技術を(真似するのではなく)盗み取ることができます。 古典をモチーフにすることは色々な意味で勉強・研究になります。 絵を上手に描こうとするのではなく、人に伝わる絵を描こうとするなら、 影の認識を大切にしてください。 影の色や描写の仕方を研究してください。 色彩で言えば、陰の色を決めれば明るい部分の色も自ずと決まってきますし、明暗の基準は、影の暗さ・濃さにあります。 線描写による人物画・クリスマス。 パステル画が多くなりますが、男の顔子供のイメージなど。 ソフトパステルで描く 男と女。 木炭で描いた サンタクロース。 チャコールペン使用の 少年クロッキー・・・レンブラントの影の描写を真似てます。 カフェで暇を見つけて描いた浴衣の女性・・・夏の花火大会のときでした。 室内で制作する静物画・・・写真を撮ることと似てるのですが、静物の位置やライティングまで工夫してかいてます。 女性ヌードとその形が似ている チェロを木炭で描いてます。 けっこう抽象っぽくなってます・・・ポットと器・・セクシャルな印象もあります。 イメージで描くで描く クワァルテッド・・・輪になって踊るような歌うような楽しさが伝われば幸いです。 人物をイメージしてますが、に閉じ込められたチェリストなのでしょうか、サイズは70x65センチはありますから、そこそこ大きい絵になります。

コラージュ画像

ヌード鉛筆画・ヌードクロッキー ヌード鉛筆画・抽象画 ヌード鉛筆画・女体の下腹部

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イメージした画像

ここからは管理人のアートに関する考え方になります・・・具像であろうが抽象であろうが、見えた通りに(感じた通りに)しか描くことができません。 作為的な作品を創るつもりもありません。 ここに客観性のあるウソ絵画を載せてますが、これも見えたままを描いたに過ぎません。

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乙女の姿・アートモデル ヌード鉛筆画・クロッキー 女王様・アートモデル

ポートレイト写真

座り込んでポーズするモデルさんの写真を二枚並べて展示してます。 ポートレイトは手品ではありませんから、それなりのライティングとカメラワークは基本です。それにしても、美しいモデルさんですね。

 

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